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宿営地からも見渡すことのできる川向こうの一帯を広く覆い尽くしていた、濃ゆい顔の花をつけた巨大植物が消滅した次の日のこと。周軍宿営地は、朝歌への進軍準備に追われる兵士達や仙道でごったがえしている。 今回の戦闘にあたり下山してきていた太乙真人が、その様を眺めつつせっせと身の周りの整理を行っていた時に、太公望はひょっこりと現れた。
「なんとかしてくれ」
自分専用にあてがわれた幕舎の前にやってきて、開口一番そう告げた太公望を見るなり、太乙は絶句した。
「ちょ、いったいどうしたんだい、それは!?」
しばし硬直してしまった後、太乙はようやく言葉を発することができた。動揺の原因は、太公望の左腕。彼は過去の戦闘でその肘から下を失ってしまったため、今は太乙がこさえた特製の義手を使用している。なかなかの傑作だと太乙は自負しているのだが、周囲の評価は肯定的なものばかりではない。
その義手が、今はでれれーんとだらしなく伸びまくっている。片結びが何個かできそうだ。象の鼻もかくやと思わせる、いや、言うなればその様はまさに蛇かミミズか。見た目にも異様で不気味で非常に気持ち悪い。確かに腕の伸縮機能は太乙が趣味で付けたものの一つなのだが、伸びっぱなしになるなどあり得ない。どうやら、太公望がまた何か妙な悪さをしたと考えるより他になさそうである。
「天祥がおもしろがるのでな、いろいろ伸び縮みさせておったら、ほれ、この通り」
案の定、原因は彼にあった。言いながら太公望は、ぷらぷらと義手を振り回してみせる。不気味である。
「いきなし動かなくなってしもうてのう。それっきり、うんでもなければすんでもないのだ。
そうゆうわけだから、早いところなんとかしてくれ。不便でかなわぬ」
「・・・そりゃ、そうだろうね」
脱力感を覚えつつ太乙がそう呟くと、太公望はむっつりとした顔で背後を振り返った。兵士達が彼を遠巻きに眺めながら、何やらひそひそ言いあっている。
「まったくだ。ここに来るまでにもさんざん気味悪がられたしのう。無礼な連中だ、これを見ただけで大袈裟に離れていきおる。────おいこらそこ!ひそひそ話はやめんかい!!」
たかだか腕が変形したくらいでなんだ人を化け物のように、と太公望はぶつぶつ言っている。やれやれと一つ溜息をつき、太乙は呆れ混じりの視線を彼に向けた。
「無理ないと思うけどね。どれ、見せてごらん」
よいせ、と義手をはずし内部を調べる。配線をいじりながら、太乙はぼやいた。
「あー、こりゃまずいなあ。使い過ぎで伸縮部分が磨滅してるよ。ったく、戦闘で壊れたってんならまだわかりそうなもんだけど。メンテナンスしなくちゃねえ」
「なんだ、そんなにひどいのか?」
「自分で壊しといて何言ってるんだ。工具を持ってきて良かったなあ。っとにもう、もう少し愛情を込めて大切に使って欲しいもんだね」
軽い非難を込めた太乙の言葉に、太公望はむっとした表情を作った。
「なにおう!!あの程度でイカれてしまうとは、いくらなんでも軟弱に過ぎるぞ。おぬしがもう少し頑丈に作れば良かったのではないのかあ?」
「失礼だねえ、私の作るものはなんでも優秀なの。完璧なの。責任転嫁は良くないよ太公望」
「言っておれ科学オタクめ。
どうでもいいが、とりあえず中に入れてくれ。外で立ち話というのもなんだろう」
「それって普通、迎えた側が言うセリフじゃない?」
幕舎の中で荷物をがさがさと探りながら、太乙は肩越しに小柄な軍師を振り返った。
「ホントのところ、義手の調子はどうなんだい。違和感とかはない?」
「その点はまったく問題ない。重宝しておるよ」
「だろ?そうだろ?すごいだろ?ふふふふふふふ、さすがは私だよね~♪」
「あの無駄な機能以外はな」
「・・・無駄ってことはないでしょうが」
「わしのことはともかく、負傷した者の様子を聞きたい。一通り診てくれたのであろう?」
言いながら太公望は、勧められてもいないのに勝手にそのへんの椅子に腰をおろす。彼のそういう態度はいつものことなので、太乙も特に咎めようとしない。
「うん、まあね。でも私としては、もう少しきちんとした設備のあるところで診なくちゃと思ってる人もいるから。特に、天化くんあたりは」
やれやれやっと見つけた、とひとりごちながら工具を引っぱり出している太乙を見る太公望の目つきが、にわかに真剣味を帯びた。
「やはり、何か異常があったのか?」
僅かに身を乗り出しての詰問に、太乙は肩をすくめてみせる。
「今はなんとも言えないね。器具もろくにないし、それより何より、彼がちっともじっとしててくれないんだ。結局逃げられちゃったし」
「あやつ・・・」
呟いて、太公望はその目を外に向けた。天化を探しているらしいが、あいにく今は目の届く範囲にはいないようである。
「まあ、よいわ。あとでわしが首根に縄をかけてでも引っ張ってこよう」
「徒労に終わらないといいんだけどね」
「しっかり頼むよ、ぐらい言えんのか、おぬしは」
「あはは」
笑う太乙を軽く睨んだ後、太公望は今度は修理をしている彼の手元に視線を落とした。卓に頬杖をつき、床に届かない足をぷらぷらと振りながら、太乙の作業を眺めている。 視線に気付いた太乙が顔をあげると、太公望もそれにならった。
「別に見てなくても、ちゃんと修理しておくから大丈夫だよ。退屈だろう?」
「楽しくはないがのう」
「なら、なんでじーっと見てるわけ?」
「おぬしがまた妙ちきりんなオマケを付けたりせんように監視しておるのだ」
「失敬な」
渋面を作りながら太乙は、ふと真顔になり、作業の手を止めた。太公望が怪訝そうな眼差しを向けてくる。
「今度から遊びで伸び縮みなんかさせたら駄目だからね」
「・・・?」
「冗談抜きで、大事に使わないと駄目だよ。
そう頻繁に直しに来れるわけじゃないんだから」
「・・・」
僅かに沈黙が落ちた。
が、しかし。
「────とかなんとか言って、おぬししょっちゅう下山してきておるではないか。実はヒマなのであろう?正直に言え」
「君ね・・・」
やはりシリアスなムードは長くは続かなかった。更にそれに続いた太公望のセリフが、その崩壊に拍車をかける。
「それはそうと、客が来ておるというのに茶ぐらい出んのかここは?サービス悪いのう」
「ひとに作業させといてそれはないでしょが。まったく、口にケガすりゃよかったんだよ」
幾分ひきつり気味な顔つきになっている太乙の抗議を、太公望は敢えて無視した。ついと立ち上がり、幕舎の入り口に近付いて空を見上げる。
「おー、なにやら空模様が怪しいのう。雨になるやもしれぬ」
「人の話は聞いた方がいいんじゃないの?」
しかし、その言葉もやはり無視される。うーんと一つ伸びをして、太公望は背後を振り返った。
「仕方ないのう、ではわしが直々に茶を入れてやるとするか」
マイペースなのか図々しいのか。半ばあきらめモードが入った状態で、太乙は再び作業に戻った。
「いいけど。あ、色付きジュースは置いてないよ。体に悪いからね」
「・・・わしは別にそんなものが欲しいわけではない」
なかなかの手際の良さで二人分の茶を入れた太公望は、自分のそれを啜りつつ、今度は幕舎の外を眺めていた。太乙も今は作業を中断して、湯飲みを手に同一の方向を目で追っている。そこには、陣の組み方を検討している武成王と南将軍や、またしてもどこぞに行方をくらましているらしい姫発を探している周公旦の他、戦闘で負わされた怪我から恐るべき早さで回復した蝉玉が、土行孫を追っかけ回しているお約束の光景がある。
太公望はと言えば、先ほどから一言も口をきいていない。悪態をついたかと思えば急に黙り込む。騒いだり静かになったり忙しいなあ、などと太乙が胸中で呟いたとき「あ」と、太公望が小さく声をあげた。
「え?」
「本当に雨だ」
言われてよく見てみると、確かにぽつぽつと雨粒が落ちてきている。しかも、結構大きい。
「最近乾いておったからのう。湿気が欲しかったところだ」
そう言うと、太公望は再び幕舎の入り口に近付いた。その彼の目の前で、雨足はだんだん強くなっていく。兵士達が、大慌てでそれぞれの幕舎に避難するのが見えた。太乙も湯飲みを置き、太公望の隣に立つ。
「そうなのかい?結構景気よく降り始めたよ。太公望傘持ってる?」
「いや」
「あらら、まいったなあ。私んとこにも置いてないし・・・どうしようか。誰かに迎えに来てもらう?」
「よい。今日はここで寝る」
そう言うと、太公望はくるりと背を向けた。太乙の目が点になる。
「は?」
「幕舎まで帰るのが面倒だ。雨も降っておるしのう。帰り着くまでに濡れそぼってしまうわ」
なにやらごそごそ始めたからどうしたのかと思って見ていると、どうやらそのへんの椅子やら何やらをかき集めて寝床を作るつもりのようである。まあ彼は小柄ということもあるから、そこで寝るのは不可能ではないだろうが、いくらなんでも狭苦しかろう。
「いやさ、太公望ってば。誰か迎えを────」
そう思って言っているのに、彼はまったく聞く耳を持たない。このままここに居座るという意思を変更する気はないらしく、着々と寝床の作成を進めている。
「人の話を聞きなさいって言ってるのに」
ぼやいてみせるがやはり効果なし。
「しょうがないなあ・・・」
で、結局こうなるのだ。
「ま、雨も降ってるしねー」
本当は他に仕事があるだろうし、こんな所にいていいものかと疑問を感じはしたけれど。
────今日は理由の有無を問うのをやめようと思った。
夜になって雨はようやく小降りになった。修理のかたわら、これまでのいきさつや崑崙の現在の状況などをいろいろと話し、「そろそろ寝るか」ということになった。
「ほんとにそんなとこで寝るのかい?」
落っこちても知らないよ、と言う太乙に、太公望は、
「寝れんこともないぞ。なりが小さいとこういうとき便利だのう」
そう言って、ごろりと横になってみせる。寝心地を確認しているらしい。それを眺めて、太乙は軽く肩をすくめた。
「こういうときだけはね」
「・・・何か言いたいことがあるんなら言え」
「偏食してるから縦方向が伸びないんだよ」
「いらん世話だ」
つーんとそっぽを向く太公望。実は結構気にしているらしい。
「君のためを思って言ってるのに」
「身長云々より、わしの義手についておるあのわけのわからん機能を外せ。どうせならもっとましなものをつければよかったのだ」
「たとえば?」
太乙が促すと、彼は「そうだのう」としかつめらしい顔で指折り数えながら言う。 「火炎放射器とか、指ミサイルとか、レーザービームとか。実用性があるとは思わぬか?」
「過激だねえ。ナタクのが移ったんじゃないの?」
「別によかろう。少年の夢だ」
「じじいのくせに。それに、そんなもの作ったらナタクが羨ましがるから駄目」
それを聞いた途端に、太公望の顔が意地の悪げなものに変化する。
「それもそうだの、まーた脅されるであろうからな。『オレにも作れ!』とかって」
「うっ、うるさいなあっ」
狼狽する太乙を見て気が済んだらしい。太公望は軽く笑い声を立てながら、ひょいと床に降り立った。太乙の寝台から枕を奪取して戻っていく。
「さて、寝るとするか。枕ありがとな」
「誰もあげるだなんてゆってないのに」
「文句があるのか」
「・・・いいけど」
またもや押し切られる形になった太乙は、消すよ、と声をかけて明かりを消した後寝台に転がった。
幕舎の天井を叩く一定のリズムの雨音が心地いい。それに耳をすますことしばし、彼は同じように天井を見上げている太公望に話しかけてみた。
「今回も大変だったねえ。腕、なくしたばっかりなのにさ」
「ってゆうか、敵が何かと非常識な奴でのう」
「そ、それはそうかも」
うねうねとうごめいていたあの植物の根だの、花の中心の濃ゆい顔だのをリアルに思い出し、太乙は思わず身震いした。睡眠前に考えるべきことではない。彼の言葉に続けて、太公望は溜息混じりに言った。
「あれの妹共がこれまた厄介でな。趙公明の奴、後のことはよろしく頼む、とかなんとかさりげなくとんでもないことを押しつけて封神台に行きおったわ」
「よろしくお願いされちゃったわけね・・・」
「よろしくお願いなぞされたくはなかったがのう」
ぼやく口調がどこかおかしくて、太乙は頭の下で腕を組むと彼の方に目を向けた。
「でもまあ、今回は味方に犠牲が出なくて良かったよ。懸念事項は残ってるけど」
そう言った太乙に、しかし僅かの間の後彼が返してきた声は少し固い。
「────何もかも順調、というわけではないよ」
「太公望」
「至らなかった点も、多々ある」
その言葉を聞いた太乙は、思わず眉根を寄せた。
どうやら、今回のことだけを言っているのではなさそうだ。淡々と呟く太公望の目は、どこか遠くの、ここにはない多くの何かに向けられている。
それらの正体が一体何なのか、ある程度の想像はつきはしたが、太乙は何も言わずに太公望から目をそらした。
自分に彼の本当の心を知る術はない。ただ彼の性格のことを考えて、こういう時は下手なことを口にしない方がいいということぐらいならわかる。彼の言葉に対する肯定も否定も、妙な慰めも口にのぼらせない方がいいということなら。それぐらいなら、まだ。
そう思っていたというのに、太乙の舌は主を裏切った。
「まあ、その、なんというか。君もいろいろ考えちゃうんだろうけどさ。でもさ、太公望」
「なんだ」
素気ない答えに気を悪くしたふうもなく、太乙は続けた。
「よく頑張ったね」
「・・・」
「よく頑張ったよ。
君は、ちゃんとやってる」
「・・・」
「ちゃんとやってるよ」
もっと他に言いようがあったのかもしれないが、今の太乙は彼に対してそれ以外の言葉を持ち合わせてはいなかった。
だが、ただの気休めだと思われたくはない。
しかし返ってくるのはやはり沈黙ばかり。 狸寝入りか本当に眠いのかはわからないが、おそらくもうこれ以上話すつもりはないのだろう。 彼に聞こえないように嘆息して、太乙はそっと声をかけた。
「おやすみ」
すると、今度は小さく返答があった。
「・・・おやすみ」
どれくらい時間がたっただろうか。夜中にふと目を覚ました太乙は、まわりが思いのほか明るいのに気が付いた。
静かに寝台の上に身を起こす。 いつの間にやら雨はやんで、雲間から現れたらしい月があたりを照らしている。そのささやかな光のおかげで、幕舎の中も仄かに明るい。少し離れた場所で丸くなっている太公望の姿が、薄闇の中にぼんやりと浮かび上がっている。手製の寝台の上にうまく収まって、まだ転がり落ちてはいなかった。
起きているときの口の悪さや態度のでかさと結びつけるのが困難なほど、その寝顔はひどく穏やかで幼い。彼が立てる小さな寝息を聞きながら、太乙は膝の上に頬杖をついた。
(どっちに転んだって、後悔する時はするんだよ。 だったら、思うようにやってみればいいんだ)
────彼がこの考えに賛同するかどうかはわからないけど。
(いいかげんなことを言うなって、怒鳴られそうだよなあ)
────実際に口に出したりはしないけど。
(せめて、お祈りぐらいはしてみようかね)
────てんであてにはならないが。
やめろ、などとは言えないし言わない。 彼を彼の仕事から遠ざけることは誰にだってできはしない。
何より彼がそれを許さないだろう。
太公望は眠っている。 心静かに休んでいてくれれば、と思う。
今だけでも。
後になっていろいろ言われたりもするけれど、それは仕方のないことである。 彼は常に何かを期待され、多くを望まれる位置にいるのだ。
その重さに音をあげるような人間ではないことを知ってはいる。だが。
しぶとくてがめつくてたくましい・・・でも小さな彼へ。
今日はおやすみ。また明日からいろいろ大変になるけれど。 果たすべき責任のためにかけずり回ることになるだろうけれど。
自分は黙って静かに控えめにここにいることにする。
明日という日が彼に少しでも優しければいい。 前を見つめてまっすぐに立っている彼に吹く風が、少しでも穏やかであればいい。
彼がそれを望むかはわからないけれど、自分はそういう日になることを願っている。
心から、そう願っている。
Fin.
「おやすみなさい 明日はおはよう」
初出:1999年9月某日
加筆修正・再録:11/23/07
初の封神文で寄贈品。しかしいろいろぎこちない。
おかん的(もしくは近所の兄さん的)太乙と、好き放題やってる太公望。甘えてんなー師叔!!
タイトルは、林原めぐみさんの同名の曲からお借りしたです。タイトル苦手だ・・・。