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EASY*RIDER

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サルベージ

前の住所に置いてあったやつをサルベージ。加筆修正してあります。
WJ版封神の師叔と天化くんの話。






 見上げた空いっぱいに、まるでこちらへのしかかって来るかのような重苦しい灰色が広がる。
 息を吸い込むたびに感じる、密度を増した大気の圧迫感。次第に濃くなってゆく土と水の匂い。分厚い雲の下、地表に届く太陽光線も心なしか薄いような、そんな気がしてならない。
 今日の下界は朝から雨。
 叩き付けるような勢いを持ったそれではなく、ひそやかにしめやかに大地を湿らすような、そんな雨。

 


 
 その川は、西岐城の裏手にしつらえられている古めかしい門を出てすぐの場所にあった。もっぱら城の背後にそびえる山々への通用口として使われることの多い、錆びた金属と年季の入った木の匂いのするそれを押し開けて少し歩けば、傾斜の緩やかな土手の向こう側、ろくに名も知らぬ(もしかしたら、名など元からないのかもしれないが)その川が、城壁に併走するようなかたちで市街地の方へと流れてゆくのを見ることができる。ところどころで小さなカーブを作っているその川は、今日も天気が悪いなりに穏やかだった。
 それに沿って細く長く広がる、丈の短い草のまばらに生えた川岸に人影が二つ。一人は子供一人は青年、今朝早くから降り始めた針とも糸ともつかぬ細い細い雨の中、ゆっくりとした足取りで川下の方へ歩を進めていた。二人とも特に何をしているというわけでもなさげだったが、ややあって子供の方が外見にそぐわぬ年寄りじみた物言いで口を開く。
「雨の日の川とゆうのが好きでな」
 修業時代もたまーにこうやって抜け出したものだ。そう言いながら、子供────太公望はどこか懐かしそうな笑みを浮かべた。彼の脇に立っている青年はそれを、へぇ、といった面持ちで見やる。出会ってからこっち(とは言えども、それはついこの間のことに過ぎないのだが)、彼のこういう穏やかな顔にはあまりお目にかかったことがないため余計に意外な思いを隠せない。すっとぼけたニョホホ面以外にも割とまともな顔があるものだ、などと結構失礼なことを頭に思い浮かべながら、青年は銜え煙草の煙を小さく吐き出した。
 鼻梁に走る一本傷が特徴的なこの彼の名は黄天化。先ほど、城内の庭をふらふらのんきに歩いていた太公望に出くわしてそのまま一緒にここに来ている。特に理由があったわけではない。ちょいと川の近くまで出てくると言う彼に何となくついてきてしまっただけのことだ。
 行きあった当初は、本来ならばこの時間帯は、執務室にまるで加工食品のように缶詰め瓶詰めになって作業に勤しんでいるはずの太公望が、なにゆえこのような所をうろうろしているのかを疑問に思う気持ちも多少あった。だが、自分がその理由を知ったところでなんになるわけでもない。人間、時折意味のない行動をとりたくなることとてあるだろうから(今の自分がそうだ)、さしあたっては、こんな天気の中彼がほけほけと川に出かけてどうするつもりなのかということが天化の興味の対象だった。相変わらずのーんとしたペースを保ちながら川向こうの景色を眺めている太公望に、天化が少々呆れの混じった視線を向ける。
「抜け出したってあんた・・・まさか雨降るたんびにそんなことやらかしてたんじゃねえだろな」
 何だか彼ならばありえそうな気がする。そんなことを思いながら自分よりかなり低い位置にある太公望の顔を見下ろすと、彼はさも心外だという表情を作って答えた。
「たまーに、とゆうたであろうが。人を脱走の常習犯扱いするでない」
「ふーん。でもあんたその道じゃ結構有名人だったんだろ?評判だったんだぜ、無類のサボリ魔遅刻魔居眠り魔、って」
 そう言ってやると、多少は不機嫌な顔になるかと思った太公望は予想に反して「まーな」と頷く。その顔にはやけにエラそうな笑みが漂っていた。
「そりゃそーだとも。なんつってもわしは崑崙にその人有りと言われたほどの怠け者だったからな。あすこでわしのダレっぷりを知らぬ者などおらぬぞぉ」
 まあ狭い地域だし住んどる人数が限られているとゆうこともあるがな、と言ってヘラヘラと笑う彼の頭を、天化は「あんたね」と軽く小突いた。
「そうゆう問題じゃねえだろがよ。しょーもねえこと自慢してんじゃねえさ」
「(↑無視)だがしかし天化よ。先ほどのやつをちょいとばかし訂正させてもらうとだな、真ん中のはいわゆる尾鰭背鰭とゆう代物だぞ。わしは別に遅刻魔だったわけではない」
「ホントかよ」
「当然だ。遅れそーだとわかったらばわしゃもうハナっから行かぬからのう、遅刻にもならぬわけけけけけ」
「・・・・・・・・・・」
 それってすっげえ最悪な奴なんじゃなかろうかと天化は思ったが、敢えて突っ込まずにおいた。自分が何か言ったところでこの男が更正するという保証はあまりなさそうだったし、それにもし改めるというのなら、これまでのうちにとっくに改めているはずではないかとも思ったからである。でもまあそれでも見た目ほどいい加減な人間でないことは明らかになっているし、と天化はそれ以上太公望遅刻魔説(?)についてあれこれ考えをめぐらすのを、とりあえずはやめにすることにした。
 隣に立つ彼から視線を外して緩やかにうねる水面を眺める。しばらくの間そうしていると、何やら自分の中から、知らず知らずのうちに忘れられてとんと御無沙汰になっていた感覚が呼び起こされるような、そんな奇妙な気分になった。
 太公望の素行の問題はともかく、雨の日の川が好きという感覚には確かに天化にもにも覚えがある。水の量も増えて流れの速さも倍以上になって、遊びに行くには少々(というかかなり)危険な場所ではあるのだが、こういうときの川は晴れの日とはまた違った顔を持っているものだ。水分を吸い込んだ土の独特の匂い、雨に打たれてしなった川縁の草、ごうごうと腹の奥にまで響いてくるかのような水音、それらの近くにいるだけでなぜかひどくわくわくしたものだった。そう言えば自分も、雨の日川のそばまで行ったりして怒られたことあったっけかな、などと天化は苦笑混じりに昔を思い出す。
 だが次の瞬間、ふと隣で何かが動いた気配を感じて顔を上げる。続いて、視線の先に何を思ったかざぶざぶと川の中へと入っていこうとしている太公望の姿を見つけて思わずぎくりとした。
「ちょ・・・ちょい、ちょい!何やってるさ師叔!!」
 大声で呼びかけると、太公望は「あー?」と怪訝そうに振り向く。何を慌てているのだ、とでも言いたげな顔つきだ。
「なんだあ?一体どうしたのだ、急にでかい声出しおってからに」
「なんだじゃねえだろ・・・」
 軽く額を押さえつつ、天化は思わず銜え煙草を噛み締める。軽く息をついて一歩太公望の方に近付くと、ぐいっとばかりにその腕を掴んだ。
「あんた何考えてんの。今日雨だし、危ねえからあんまし川のそば寄んなって」
「ちょっくら中に入るだけだろうが。びびらずともここはそんなに流れは速くないぞ」
「そりゃそうだけどさ」
 渋面の天化に構わず、太公望はさっさと川の中へ入っていく。確かに今は土砂降りなわけではないから、川の流れの速さはそれほどでもない。だが、かと言って太公望をそのまま放っておくのもどこかすっきりしない心持ちだった。
 まあ、いくら見かけが十二かそこらのガキでも太公望とて道士としての修行を積んだ身、別になんてことはないだろうと思いはする。だがそれでも、少しずつ岸辺から遠ざかる彼をすぐにでもこちらへ呼び戻したくなるような、そんな気持ちに駆られてしまう。普段より少々透明度の低い水の中をゆっくりと歩いていく彼の後ろ姿、それを見送っていると、何やら周囲の水が彼を浸食していくかのように思えてどうにも落ち着かないのだ。
 何をそんなありもしないことを、と自分を笑ってはみたけれど、幅広の川の中にあるせいかいつにも増して小ささが強調されているような太公望の背中は、天化の中の妙な不安を掻き立てる。少し考えた後、意を決して天化も太公望の後を追うことにした。
 一歩、二歩と川の中へと歩を進める。数歩進んだところで天化は、この川が思いの外深いということに気付いた。泳ぐにはまだ少し早いこの季節の、どこかひやりとした水は彼の膝上まである。一応長身の部類に入る天化ですらそうなのだから、太公望に至ってはもうすでに股の半ばあたりまで水に浸かってしまっていた。
 あんまし中心の方へ行くのはヤバイかも、などと考えながら追いついてきた天化が太公望の後ろに立つと、彼は天化を振り返る。一瞬、おや、といった表情を作った後、その口元に面白がるかのような笑みがのぼった。 「結局来たか。なんだかんだゆっておぬしも結構物好きよのう」
 例の宇宙人のような簡略顔でくけくけと笑う彼の頭を、天化は「うるせえな」と毒づきつつ軽くはたいた。
「ニヤけてんな。あんた一人でフラフラさせといて、何かあった後からじゃ遅ぇだろが」
「わしがそこまでマヌケに見えるのか?」
「見える」
 すると、即答した天化に向かって次の瞬間「こやつ」とばかりに太公望の拳が飛んだ。そのスピードは、先ほどの天化の切り返しにも負けぬくらいの素早さであったが、しかしそこは泣く子も黙る(?)真性体育会系一族の出身である黄天化、それを悠々とかわしてしまう。報復が不発に終わってしまい、面白くもなさそうな顔で再び進行方向を向いた太公望に思わず天化は苦笑した。
「でもさ」
「何だ」
「あんたも割と脈絡のねえことすんのな。いきなし川に入るーだなんて言い出したりしてさ。どしちゃったの」
 一瞬入水自殺でもすんのかと思っちまったじゃんよ、なんぞと言いながら天化は、特に意味はないのだろうが軽く握った右拳を太公望の頭に乗せる。すると、そんな彼に向かって太公望は「アホか」とでも言いたげな視線をよこした。
「たわけたことを言うでない。なーにが悲しゅうてこのわしが自殺なんぞせにゃならんのだ」
「だよなー。あんたそうゆうこと絶っっっ対しそうにないもんな。何かとしぶとそうだしさ」
「黙れ若造」
 ぴし、と天化の脇腹に軽く手刀をお見舞いした後、太公望はぐるりと首を巡らせあたりの景色を見渡す。徐々に芽吹き始めた木々の優しい色合いの緑も、天候のせいか今日はくすんで見えた。草木に川に無数に降り注ぐ細い雨粒が、水面に一瞬波紋を作っては川の流れに押し流されて消える。
 しばし黙ってそれらの様子を眺めていた太公望だったが、やがて顔を上げると、誰にともなく呟いた。
「も少し向こうまで行ってみるかのう」
「へ?」
 また一体何を言い出すものかと呆気にとられている天化をよそに、太公望は再びずいずいと川下の方へ向かっていく。「おいちょっとこら師叔」という天化の呼びかけにもてんでお構いなしである。両手を腰に溜息一つ、天化は少々呆れ顔で無軌道な行動を取り続けるその背中を見送った。
 どこまでもマイペースというか何というか、今ひとつ掴めない性格だ。自分が一緒に来ているということなぞ、すでに頭の中から消え去っているのではないだろうかという気がしてくる。自分の頭に手をやりつつ、天化は「ストレス解消なのかね」と小さく呟いた。
 そうこうしている間にも、彼と太公望の距離は徐々に開きつつあった。天化のいる位置はまだ岸からそんなに離れてはいないが、太公望はすでに川の真ん中近くにまで歩を進めている。
(なんか、ほんとに水に食われていくみてえ)
 師叔チビだもんな。流れに半ば押されるように川下へと移動していく太公望を見ながら、そんなことを思う。また先ほどのどこか落ち着かぬ気分がぶり返して来て、天化は太公望に向かって「足下気をつけろよ」と言おうと口を開きかけた。
 その直後のこと。
「ぬをわっ!!」
「─────!?」
 けったいな声を上げて、突然太公望の上半身が水に沈んだ。一瞬の間をおいて、はっと我に返った天化が慌てて太公望の近くまで行き、目を白黒させながら尻餅をついている彼の両腕を掴んで引っ張り上げてやる。すると、肩まで水に浸かってほぼ全身ずぶ濡れ状態の太公望は、ひいこら言いながらも何とか体勢を立て直した。
「ぶは─────っ、あーびびった!!なんなのだここは、いきなし深くなりおったわ」
 ええいくそたれが反則ではないか、などとぶつくさ言っている彼の足下を天化はのぞき込んでみた。水が少し濁っているおかげでよくは見えないが、川底のところどころに段差がある。いきなり深くなったというよりも、おそらくそれに足を取られたせいですっ転んだのだろう。やれやれと身繕いしている太公望の腕から手を放し、天化は呆れたような口調で言葉を発した。
「ぶつくさ言ってんなよな。あんたがフラフラ気合いの入らねえ歩き方してっからこんなことになるんだろが」
「注意力散漫だとでも抜かす気か」
 悪かったな、と少々憮然とした表情になった太公望に、天化はからかい混じりの視線を向ける。
「つーか、そろそろガタが来てんじゃねえ?老化は足腰からってゆうし」
 天化がそう言った途端、太公望はすぅ、と目を細めた。それを見て、天化の背筋が反射的に伸びる。彼が慌てて黙り込むと代わりに太公望が口を開いた。
「へえぇええぇえほおおぉおぉおお。こりゃまた随分と可愛らしいことをゆうてくれるではないか」
 太公望の声音に宿るすさまじく不吉な響きに、天化は内心思いっ切り「やべえ調子こいちまった」と後悔した。嫌な予感大爆発。 思わず半歩後ずさろうとした瞬間、見事に報復を受ける。
 ─────ガクン、と足下に衝撃が走った。
「!!??」 
 へ、と目を丸くし、次いで太公望に足払いをかけられたのだと理解した時にはもうすでに手遅れ。多少警戒はしていたもののほぼノーガードに近い状態だったため、太公望のスライディングをまともに食らった天化は見事に後方へとぶっ倒れる。数拍遅れて、ばっしゃーんとド派手な水飛沫が上がった。
「なっ・・・」
 頭からぽたぽた雫を落としながら尻餅をついて呆然としている天化を、太公望はしてやったりとばかりに眺める。
「ふふふふん。ま─────だまだ修行が足らんと見えるなお若いの」
 回避運動がてんでなっとらんではないかけけけけけ、という彼の言葉に、さっきまで少々遠い場所に飛んでいってしまっていた天化の感覚がしだいに戻ってくる。妙に勝ち誇った顔つきで自分を見下ろしている太公望を、天化は川の中に座り込んだ姿勢のままじろりと睨んだ。 
「うるせえ。いきなし足技なんかしかけやがって、ほんっと性格わりーなあんた」
 そう言いながらも天化は、こうも簡単に太公望にこかされてしまったことに内心少なからずショックを覚えていた。確かにガードはゆるかったけれど、それでも自分がこんないかにも体力も根性も足りてなさそうな頭脳労働系の若年寄りに、まともにスライディングかまされるとは思ってもみなかったのだ。
 腹立たしいのと恥ずかしいのとでつい渋面になってしまっている天化を、太公望はまるで面白い生き物でも見るかのような目つきで眺めている。それに気付いて更に仏頂面になった天化が「何見てやがんだよ」とでも言いたげな視線を送ると、太公望はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて天化の前にしゃがみ込んだ。そのまま手を伸ばして、水を被ってしなった彼の前髪の一房を軽く掴む。
「そうブンむくれることもあるまいに。水を被ったおぬしもなかなかのもんだぞ?ほ~れ水も滴るいいオトコ~」
「アホかい」
 苦虫を噛み潰したような顔つきで天化は毒づいた。だが、あんな足払いに引っかかった自分にもかなり情けなさを感じているため、彼の声には今ひとつ力がない。そんな彼の思いを知ってか知らずか、太公望は天化の前髪を掴んでいた手を離すと、今度はその手で彼の頬をぺちぺちと軽くはたいた。
「ふぅむ、そうだのう。よーく観察してみたらば、おぬしはまだそのへんのレベルには到達しとらんようだな。水被ってもみすぼらしいだけでどうも奥行きがないとゆうか何とゆうか」
「あんたなあ」
 溜息混じりの天化の言葉を聞いているのかいないのか(おそらく聞いてはいないのだろうが)、太公望は相変わらずのヘラヘラ顔で、天化の頭を引っかき回している。それを見ていると、何やら真面目に腹を立てているのも馬鹿馬鹿しく思えてきたので、天化はやれやれと大きく息をついて太公望の手を掴み、ひとまず自分の頭をぐしゃぐしゃにするのをやめさせた。
「ったく、いつまで人の頭わやくちゃにしてるつもりさ。あーもう、煙草火ィ消えちまったし」
 参ったな、とぼやきながら天化は、もう片方の手で銜えていた煙草をつまむ。そんな彼に、太公望はしかつめらしい顔で釘をさした。
「先に言っておくが、吸い殻をそのへんにポイするでないぞ。喫煙家のモラルが疑われるからな」
「それはわかってっけど。そんじゃこれどうするさ」
「持って歩け」
「・・・・・・・・・・」
 途端に嫌そうに顔をしかめる天化。そんな彼に向かって太公望は「携帯用灰皿を買え」と言った後、よっこらどっこらとかけ声をかけつつしゃがみ込んだ姿勢から立ち上がった。それを聞いてすかさず「じじくせー」といらないことを言った天化のどたまに一発ほどゲンコツを見舞う。
 口より先に手が動く方なのかコイツ、などと思いながら天化はぶたれた箇所をさすった。だが、先ほどから人をこかしたり頭をぐしゃぐしゃにしたり殴りつけたりと暴虐の限りを尽くしている(←大袈裟)張本人は、相変わらず涼しい顔をしている。その余裕こいた態度がどうも気に食わないので、天化はむすっとした顔で「おい」と太公望に声をかけた。
「あんたなー、人の頭だと思って好き勝手やってんじゃねえよ。こうゆう横暴なことばっかして恨まれても知らねえぜ」
 そのうちいきなし後ろからぐさーっとやられたりしてな、などと(天化なりに)意地悪く言ってやったつもりだったが、やはりというか何というか太公望は動じない。彼は盛大にふんと鼻を鳴らし、無駄に肩をそびやかし胸を反らしゆったりと腕を組み、お得意の偉そげ笑いを浮かべる。
「わしがそんなもんにびくつくような人間に見えるか、天化よ?」
「見えねーな」
 あっさり否定した天化に太公望は僅かに顔をしかめたが、その表情も僅か数秒しかもたない。さっさといつも通りの飄々とした面構えに戻ってしまった太公望に、多大なる呆れと同時に奇妙な安堵感を感じながら「でもま、だいじょぶか」と天化は呟いた。怪訝そうにこちらを見やる太公望に、にかっと笑ってみせる。
「殺しても死にそうにねーしな、あんた」
「しぶといからのう」
 しれっとした顔で自信たっぷりにのたまう太公望。それを見ていると何やら後に続く言葉がなくなってしまう。軽く肩をすくめ、天化はふいー、と息をついた。火の消えてしまった煙草を太公望の言いつけ通りポケットの中にねじ込むと、川の中に腰を下ろしたままで彼の顔を見上げる。
「まあ、いいや。せいぜい長生きしなよ、師叔」
「おおするともさ。わしゃ後軽く千年は生きるぞ」
「怪物ジジイ・・・」
 幾分引きつり気味な天化に向かって、太公望はニヤリと笑う。それにつられて天化も微かに苦笑を浮かべた。
 そうしてひとしきり笑った後、今度は二人して半濁した水の流れ行く先、川下の方角へと目をやればそこに見えるは豊邑の街並み。整然と立ち並ぶ家々が霧のように細かな雨に煙る。 ようやっと川の中から身を起こした天化が、のんびりと口を開いた。
「なあ師叔、明日晴れるかな」
「どうかのう」 相変わらずのすっとぼけた顔で生返事をしつつ、太公望は猫のようにうーんと伸びをする。「さあて、気分転換も終わったことだしそろそろ戻ろうかの。おぬしはどうする?もうちっと浸かっていくか?」
「・・・風呂じゃねんだから」
 力なく突っ込んだ天化を笑って見やって、太公望は踵を返しかけ────ふと何かを思いついたように足を止めた。
「しかし、何だ。今日はおぬしに礼を言わねばならんな。助かったぞ」
「へっ!?」
 突然妙なことを言われて面食らった天化は、思わず何もないところで無様にコケそうになった。が、根性で踏みこたえた。一人わたわたと落ち着きのない彼に向かって、太公望は嫌な感じのいい笑顔で続ける。
「おぬしのおかげで、実に効率よくストレス発散できたような気がする。散歩にオモチャ・・・いやいや連れがいるというのは良いものだのう」
「あんた心の声がダダ漏れなんだよ! ってかさっきまでのアレってやっぱストレス解消だったんかいこのアホスース!!大人気ねぇさ!!」
「怒るな怒るな。それにしても、おぬし見かけに反して意外に感情の沸点低いのう。そんなことではこれからの人生渡っていけぬぞ」
「師叔みたいなの相手に毎回そんなに大らかになってられっか!!こっちに妙なストレスが溜まるんだよ!!」
「ゆうとるそばから発散させていっとるのだから特に問題はなかろ?大声出して」
「ふざけんなああ!!」
 拳を握り締めていきり立つ天化が、このやりとりがすでに太公望のストレス解消散歩の延長になっていることに気付くのは、これからしばらく後のことだった。
 ────気付かない方が幸せだったかもしれないが。

 

 


 春先の雨の生ぬるさと川の水の冷たさは、すでに二人の意識の外だった。鈍色の紗のかかる世界、すべてのものの輪郭が曖昧な中、二人の声と川の流れだけがやけにリアルに響く。
 それ以外はひどく静か。

 

 

 今日のこの日の雨にも似て、静か。

 

 

 

Fin.

 

 
                                                              


「鈍色、雨」
初出:08/09/00
加筆修正・再録:11/11/07

 

 


前の住所にあったやつ。
散歩はいいよねって話(ほんまかいな)

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